ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

宇宙、船、どうぶつ、

 どうしようもないほどに夕暮れだ。赤い、赤い。雲が焼き切れてしまったように千切れて浮かんでいる。地震の前兆のような切れ切れの雲、動物たちが騒ぐ様子はない。

 とおくとおくの町の方から汽笛の音が聞こえた。少年はきっと宇宙の船の音だと思ったから、丘から駆け下りていった。ここは丘の上だった。丘の上には様々な動物たちが住んでいたし、人間はその一種類だった。世界は赤く染まっていたからそろそろ夜が来る。せっかちなフクロウが鳴いている。夜を呼んでいるのだ。夜はたくさんの迎えが来るが時間で、僕らが迎えなくてはならない時間だ。

 夜の船は汽笛を鳴らして町の頭上を飛んでいる。ボーッと音がなるたびに子供が何人も飛び乗っていった。星の綺麗な夜だった。

 僕は動物を見ていなければいけなかった。だれかが見ていなくてはいけないのだ。そうでないとサイとヌーが喧嘩を始めたり、インドクジャクフリージアン・ホースが美しさを競ったりする。クジャクの美しさと馬の美しさでは、種類が違う。つまりそれは拡散と集中の戦いであったし、分裂と偏執の戦いであったから、僕らの頭は随分と混乱してしまう危険がある。だからクジャクフリージアン・ホースはずっと見張ってなきゃいけなかったし、他の動物だってそうだった。

 僕はこんな仕事をやめて他の子供達と一緒に夜の船に乗って行きたかった。宇宙から見た日本は真っ白に光っているらしい。街灯の光は宇宙にも届くし、宇宙から見たらそれはすごく、アイデンティティになるようだ。ただのディティールでしかない町の光は丘の上から見ると眩しいだけだった。光で興奮する動物もいるから、それにも気をつけなくちゃいけない。僕だって光を警戒するよりは楽しむ側に回りたい。けれどやらなくてはいけない。いつだかロイ爺さんに言われたことを思い出した。

「人間の罪をつぐなうんだ」

 僕らは動物と共に生きながら動物を食べたり、加工したりする。僕には生まれながらの罪があるのだという。僕は一神教じゃなかったけど、これが僕の仕事だった。僕は生きていかなきゃいけない。実際にここにいる動物を殺して食べることもあった。心は痛むが、それが罪かどうかはわからなかった。

 結局のところ、どうしようもないほど夕暮れで、どうしようもないほど夜だった。僕はどうしようもないほど人間で、他の子供達とは環境が違うらしい。ロイ爺さんのことは好きだった。町の明かりはどんどん強くなった。この明かりが消えたら、どれだけ良い気分だろうと思いながら、クジャクの姿をにらんでいた。

 僕だって別に人間が一番偉いだなんて思っていない。エデンの園の偽物みたいなこの丘が立ち行かなくなったって別にいい。夜の船はだんだんと近づいてきた。船は僕の憧れなんだろうか。安いルサンチマンにとらわれたまま、憧れながら、手に入らない物を見送るしかないあまりにも、小さなぼくだ。

 世界はどうしようもないほどに夜で、どうしようもなく明るい。遠く遠くには星がかすかに見えた。一等星のきらめきを遮っているのはたぶん、ぼくの涙だ。ぼくの血だ。気づけば夜の船はこの丘の上をかすめて飛んでいる。宇宙から見たら、この丘だけぽっかりと真っ暗なのかもしれないと思った。そう思うと少しだけ気分が良かった。