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つながることが良しとされている時代に、自閉症は生きづらい。
自分の好きなことを発信して、それを追い求める様を応援してもらう、それが昨今のエンターテイナーのやり方なんだろう。シェア。つながり。しかしそれはとてもつらい。
ぼくは極端な考え方をするから、お客さんとコミュニケーションを取りながらコンテンツを作り、自己像を作っていく営みを媚びだとしか思えない。
媚びない形で、理想の自分を築き上げたい。しかしそんなことできるのだろうか。自分は有用で、あなたのお役に立てます、是非使ってください、そんな風に言わないでいられるあり方があるのだろうか。
それはきっとある。それはたぶん、そのままで居て何かしら人から求められるだけの実力を持つことができた運の良い人間だ。彼らは、きっと自分から売り込まなくても人からモテる。求められる。俺はつながるのが嫌なんじゃない。求められたいんだ。
そしてこれは妬みでしかない。しかし自分を曲げて何かを発表して、それが受け入れられるまで自分を曲げ続けて、グニャグニャなものを褒められるか、あるいはグニャグニャになったまま死ぬ。そのどちらかしかないなんて苦しすぎる。
役に立ちたくない。有用でありたくない。けれど求められたい。わがままだ。でも、自分が有用だって自分から言わなきゃいけないなんて、自分が無能であることの証明じゃないか。だって本当に有用ならきっと何も言わないでも求められるはずだから。
無理してつながるのはつらい。誰かに見つけて欲しい。これは愚痴と妬みです。数年後こんな文章を読んで笑えるくらい安らかであることを祈る。自分の未来を神に祈る。おやすみなさい。良い夢を見よう。