ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

ゲージュツの稼ぎ方教えます

 音楽はなかなか仕事にならない。なぜかと言うと祭りだから。文化祭のバンドステージとかあったでしょ。あれ、絶対にプロと比べて全然下手なのにめっちゃ盛り上がる。お祭りだからです。というか、音楽は本来お祭りと共にあったのです。共同体の内部で行われる法とか言葉による支配の外にあり、別の支配の体系を作り出せるものだから、音楽をやる人間は昔から今まで首尾一貫して差別されるわけです。

 そして、音楽を秘密にして、秘術にして、つまりお金を払ってホールに人を閉じ込めて音楽を演奏する、音楽を聴く、そういうスタイルが一般化していったわけですが、それはなんかキツいわけです。ホールの椅子とか狭いしね。体重100キロの人とか絶対行きたくないと思う狭いから。体重100キロの大男がポップコーン片手に楽しめる。しかもそれが音楽とか空間の広がりに貢献するような音楽なら楽しい。具体的に言うと、音楽は基本的に外で、みんながいるところで無料でやるのがいいんです。もちろんおひねりはいただきます。それはいいんです。それは見えやすい流れだから。流れが大事です。

 今の社会は流れを無理やりせきとめることによってお金を発生させています。情報の流れをせきとめて、ここから先は有料会員登録してください。みたいなやり方。あの無料ですのバナーは関所なわけです。昔、箱根と江戸の間に関所があり、農民は江戸町内に入れなかったらしいです。つまり、江戸時代のやり方です。300年前のやり方を今ネット上でやっているわけで、それじゃあもう古いし、楽しくない。

 せきとめるのは楽しくないです。息を止めたら死ぬし、血液だってサラサラな方がいい。流れを重視すると言うことは、決済をしないということです。お金があったってクレジットカードがなければネットでは買えないわけですから、資本主義的に考えても年齢とか信用とかでクレジットカードを作れない見込み客を捨ててしまってるわけです。バーチャルな空間はスピードが速いことが売りなのに、決済という一つの要素を追加しただけでネットの売りが半分から八割くらい損なわれてしまう。だから、情報は流す。できるだけ流す。

 じゃあいったい何でお金を稼げばいいのかと言えば、モノです。手元に残るもの、もしくは体験。どちらも、身体がないと意味がないものです。音楽なら、音源は今ストリーミングサービスで、めちゃくちゃ安いです。月1000円払えば何億の単位で曲が聞けます。もはや音源のデータの価値はそのくらいのものです。そうして結局印税も3分の1くらいになったり色々するらしいですが、握手会のチケットは飛ぶように売れます。これはコアなファンやオタク層が買うんじゃなくて、ちょっと好きとかそういうくらいの人でも買います。

 また、絵画は売れてます。クオリティの高さや雰囲気はネット上の画像でもわかるのですが、実際のモノとしての絵画の質感は原画にしかありません。複製芸術と一回性の芸術の違いはそこにあるわけです。その瞬間の手触りとか、自分と作品の関係性が変わって行く感じとかそういう体験は実際のモノがないとわかりません。だから売れます。

 つまり、複製できるものは容赦なく無料化の流れができていて、凄まじく低価格化しています。一方で複製できないモノには凄まじい額のお金が払われているわけです。

 もうお分かりだと思うのですが、さまざまなコンテンツがデータとモノ/体験に分離しているんです。そしてデータは、つまりほとんど同じものが複製できる媒体はどんどんお金が払われなくなり、モノや体験はどんどんお金が払われるようになる。そういう状態が起こってるのです。最近ではお金を払ったという体験のためにお金を払う人もいます。意味わかんないですよね。昔はパトロンと呼ばれた人たちですが、今はネットを使って一般の人がパトロンになってます。しかも全く怪しいこともアダルトなこともなく!

 テキストデータと、モノとしての本。音楽データと、祭りとしてのライブ。画像データと、一回性としての原画。この違いを把握しておけば、稼げます。ぼくらは楽しいことだけ求めてます。祭りやモノは楽しい。なぜならぼくらは生きてるから。身体サイコー!