ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

いつだって幸福

 たまごの形をした鈍色の鉄球は太陽を反射してオレンジ色の光を四方八方に振りまいていた。ぼくはそれを見て戦争の二文字を思い出す。ぼくが生まれたときから、戦争といったら第二次世界大戦のことで、それは戦国時代に、「先の大戦」という言葉が応仁の乱を指していたように自明であり、第二次世界大戦は金属の戦争であった。

 金属製の銃を撃ち合い、金属製の飛行機が空を飛び、金属製のものはすべて接収された、らしい。いや、爆弾の投下された焼け跡から、金属製の弁当箱と、炭化した弁当の中身が出てきたのだから、金属は生活のなかに生き残ってはいたのだろう。

 いずれにせよ凄惨で、イメージすることもむずかしいし、イメージできる、とは絶対に言えない。そのときの苦しみや悲しみを、ぼくは体験していないから、安易な共感はできない。嘘になってしまうから。ただ、事実を知り、うごく心は存在する。その分だけの痛みを感じることは、どうか許してほしいと思った。

 鉄球が夕日を跳ね返してる。ぼくの手元には鉄球がある。高さは40cmほどで、横幅は両手で持てるくらいのサイズ。ラグビーボールを二回りちいさくしたくらいのサイズといえばなんとなくわかってもらえるだろうか。形は卵形で、先が尖った楕円の形をしている。

 これが一体なんなのかは、わからない。

 ぼくは昨日の夜、ついに全ての金を使い果たした。なにに使ったかはしっかり覚えていて、コーラを買ったのだった。ぼくは資本主義社会で脱落したのだから、資本主義社会の飲み物であるコーラを、最後に買うべきだと思っていた。だから、最後のお金をコーラに使ったことへの後悔はまったくない。

 コーラはプルタブをあけると同時に少しだけ泡になって飛び出してきて、空中に弾けて消えていった。そのとき、ぼくの鼻の粘膜にすこしだけ付着したコーラがぼくの匂いのセンサーをコーラ一色に染め上げ、あの独特の清涼感を与えてくれた。唇を缶に近づけるとひんやりしていて、冷気を発するコーラの缶の周りは夏の、むせかえるほど加熱された公園においては非常に特殊な空間だった。

 コーラは口のなかで弾けた。ひとつの破裂がまた別の破裂をよび、連鎖していった。ぼくの口のなかで跳ね回る茶色い液体はいよいよ喉を通過し、ここ数年つよまる熱帯の気候に蒸し焼きにされたぼくの体を急速に冷やしながら食道を降りていったのがはっきりとわかる。

 コーラを飲んだときの、無理やり体を満たしている感じがすぐにきた。十分な食事をとったわけじゃないのに、体のなかにあった隙間が埋まっていくような感覚。炭酸は弾けながらぼくの体をまだらに染めていく、そんな感じがする。今日はどこで寝ようか。ポールスミスの財布のなかには、23円だけ残っていた。ぼくは財布を捨てたかったけど、捨てなかった。売ろう。売れるものか。眠たい、つかれた。

 しげみの中がやけにこころ安らかに見えたのでぼくは汚れることを恐れずに葉っぱを分け入って地面に横たわった。土と触れ合った頬は、空腹と栄養不足のために昔よりも薄くなっていたけど、すぐに土を快く感じるようになる。人間は動物で、どっちかといえば金属よりも土との相性のほうがいい。ぼくは眠りについた。太陽は空の真上にいたように思う。

 気がつくと、太陽は傾いてる。ぼくはポケットを探った。財布がない。

 まあ、いいか。23円とボロボロの長財布。捨てられなかっただけで、必要はなかったから。ぼくはこれで正式にお金からさようならした。財布がないから、きっともうお金は手に入らないだろう。

 「本気になればどうとでも生活していけるだろ。お前図々しいんだよ。」

 声が聞こえる。こんなことを言ったのは誰だったっけ。彼はぼくの、友達にあたる男だった。「使えない」って、よく人のことを評価していたなあ。ぼくは使えないやつだった。誰にとっても得にならないから、生きていけないらしい。そんな理屈をきいた。ぼくはそのときどうやって生きていたんだろうか。食事をして、寝て、あとは、何かをはこんだり、仕分けしたり、していたなあ。

 「生きていけなきゃ死ぬしかない。死にたくなければ生きていくしかないんだ」

 つよい言葉だった。つよい人だった。生きていくことを決めるのはむずかしい。このままならない世界を生きていくだけのモチベーションを、彼は、みんなは、何で保つのだろうか。やりたいこと、すきなこと。すきなことで、生きていく。動画サイトの広告だったかな。

 「それなのにやりたいことだのやりたくないことだのぐだぐだ言って働かなかった結果がこのザマだよ。コーラを飲んで23円の財布。おまえの迷いの報いがここにあるんだよ」

 ぼくは死のうとおもった。しかし、金がなくては練炭も縄も買えない。切符も買えない。どこか高いところから舞い降りてしまおう。それを人生を賭した失楽園のモチーフということにして、どうにか芸術作品ってことにならないかな、なんて考えながら体を起こして、ビルを見上げた。公園の周りはビルがある。どこの公園の周りにも、探せばきっとビルはある。希望を見つけるよりも、絶望を感じるよりもビルを見つけるほうが簡単だ。

 サブカル男のなれのはて、メインカルチャーの道路の上に死のうかなと思って体を持ちあげると、重い。空腹のせい、というわけでもない。物理的に重い。どこが?両手が。なぜだろうと、寝ぼけた頭を下に向ける、両手の中にはひとつの、卵形の鉄球がある。!?。どうしてだろう。けっこう重い、いや、かなり重い。ぼくは突然の重さに驚いて、腰は支えるだけの力を準備していなかったから後ろに突き出て、ぼくの体は前に折れて、土が顔に付着した。口のなかにはいった土が歯にぶつかって、ぬるりと溶けていく。土の味をぼくは知っていた。どうしてだろう。人類はたぶん、土の味を元から知ってるんじゃないか。

 ぼくは、倒れた。

 倒れた衝撃で肋骨が圧迫されて、呼吸をするたびに痛い。腰は急激な力の変化にさらされて、熱を持ちはじめた。茂みに生える草のすこしだけ太い枝に引っかかって袖が破れて、腕から血がでた。痛い、というよりも熱く、ぼくはうずくまって何度も何度も咳き込んだ。咳をするたびに肋骨が痛い。それでも、ぼくは鉄球に手を伸ばす。これだけは離してはいけない。そうおもったのは本能だろうか、鉄球は数メートル先に転がってる。すこし手を伸ばせば届く距離だ。慎重に息を吸って、ゆっくり、ゆっくり手を伸ばそう。そうやって、冷たい鉄の肌に触れたら、きっと何か気分が変わるだろう。落ち着くかもしれない、どうかはわからない。ぼくはゆっくり腕を伸ばして、鉄球にふれた。

 財布を失い、手元には、何故だか、きれいな卵形の鉄球がある。ぼくは、どうしてだろう、うれしかった。

 鉄の卵、光を反射する、澄んだ表面の、静かな、動かない、何も言わない、まだ汚れていない 、この、おそらくどこかの工場でつくられた製品は、ぼくより完全だった。

 ぼくは、精神的に不安定で、書類のひとつもまともに書けず、金を使うばかりで、物を生産せず、では、何ができるのかといえば、こうして土にうずくまりながら鉄の塊を見ていることしかできない。ただ、見ることにかけては上手だとおもう。滑らかである。光を反射する。夕暮れはオレンジ色の光を鉄の塊に反射させて広がっていく。

 そうだ、これを使って死のう。

 服をちぎって首をくくるよりもよっぽど愉快に死ぬことができそうだ。鉄の塊に頭を打ちつければ鮮血、というように鮮やかに赤く死ぬことができるかもしれないし、これだけ重いのだから。質量があるものはつよい。ぼく自身はつよくないけど、この鉄の塊は完全でつよい。

 やり方さえわかれば、道標ができれば、どうとでも生きていける。ぼくは無気力だった体に力が充満するのを感じる。コーラを飲んだ時とはちがう、実質的な力の充満。眠気が覚めた。では、どこに行こうか。東京は広い。眠ければ、眠ればいい。だってぼくには鉄の卵があるのだから。ぼくは慎重に立ち上がると、鉄の卵を持ち上げた。重かったけど、それは生きている証拠だった。死にたいのだろうか、わからない。とりあえず、ぼくはどこかに歩いていくことにする。どこにいくかは決めてない。