ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

大きな文字で書こう。「しちがつようかはやすみのひ」

 何を書くべきかはわからない。べき、なんてものはない。「そもそも書くという行為自体が必要のないことなんだから。」そう言いながらぼくはベッドから身体を持ち上げている。

 きみはもしかすると、「必要とかそういうことじゃないでしょ、書くってことは...。」と言いたいかもしれない。きみはぼくの部屋のドアを開けて、洗濯物を運んできてくれた。なぜここが二人称になっているのかは自分でもわからない。ぼくはありがとうと呟いて、洗濯物を手渡された。

 「必要のある文章を書こうと思ったら、役人になるしかない。」必要とはなんだろうか、と考えながらぼくはドア越しのきみに目をやると、ぼくの部屋の反対側にある洗面所の蛇口から水が少しこぼれているのが見えた。きみは、「社会のための必要性とか、自分のための必要性とかそういうのを考えないで書かれた文章が作家的なあり方じゃない?」と言うだろう。それは理想だと思う。ぼくは作家じゃないからわからないよ、と呟いて、ドアを閉める。

 バタン、と鳴ってドアは閉まり、部屋のなかは暗い。電気のスイッチはドアのすぐ右上にあって、押せば明るくなる。この文章で、なぜセリフの形で自分の考えを喋らせたんだろうと思う。きみはたぶんもう一度ドアを開けても出てこないだろう。朝だから、カーテンを開ければ部屋は明るくなる。カーテンの向こうから光が漏れ出していて、ぼくはそれを見ている。

 「『公文書』っていうバンドをやりたいなって思うんだ。」誰に言ったのだろうか、誰かに話した。電話だった気がする。あれは、大学の学生センターだったかもしれない。「でしたら、先日郵送いたしました書類に必要事項等をお書きになっていただいて、それからこちらの住所、わかりますか?」女の声が言う。オカキニナッテイタダイテ。これはいったいなんだろう。寓話でもない、小説でもない、ぼくは暗い部屋のなかで片手に持った電話に向かって、必要事項と疑問点を投げかける。「バンドの受理にいたしましては後日担当の寺本からお電話させていただきます。寺本は本日は終日自宅待機しておりまして...。」ぼくの電話相手は日本語があまり得意じゃないから、休みの日のことを自宅待機と言ってしまうのだろうか。

 この文章が千文字以上になったらブログに公開しようと思いながら、ベッドに横たわった。枕元には本がたくさん散らばっている。『知の編集工学』『知の編集術』『人生の短さについて』『小説の誕生』を、今おもに読んでいる。『小説の自由』シリーズは、二作目の『誕生』がいちばん読んでておもしろい。

https://www.amazon.co.jp/知の編集工学-朝日文庫-松岡-正剛/dp/4022613254

https://www.amazon.co.jp/知の編集術-講談社現代新書-松岡-正剛/dp/4061494856

https://www.amazon.co.jp/生の短さについて-他2篇-岩波文庫-セネカ/dp/4003360710

https://www.amazon.co.jp/小説の誕生-中公文庫-保坂-和志/dp/4122055229

 「複数のことを、自分の考えと切り離して相対化させようと思ったら、小説とか会話の形式をとるのがいちばんベタベタしなくて良いなぁ」と、ラインを打った。自分の考えがぐるぐる回っているときに、人と会話するのは、面倒だけど、必要だ。

 彼女はぼくの中学時代の友人で、高校時代の天使だ。顔が良く、すらりとした白い手足をしていて、近づくと薬品の匂いがした。彼女は「わかりやすいものが好きだけど、わかりやすいだけじゃダメだよね」と言っている。ツイッターを開くと『日本もWHOを脱退するべきだ』という趣旨の言葉をいいねしていた。この場合の罪は、いいね欄を覗いたぼくにある。「美しい人間のいいねはのぞきたくなるでしょ?」きみに向かって言うと、ドアの向こうからは洗濯機のガタガタという音だけが聞こえてくるだけだ。