ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

話が面白い人の書くものって面白いよね。

 語り口にパッションの宿っている人は書くものにも宿っていく。

 語り口が面白い人は、そのまま本を出せる、逆に、語り口のつまらない人は本なんて書けないと、どこかで編集者が言っていたのを聞いた。

 聞いたんだと思う。自分で思い込んだのかもしれないが、そういう言葉が記憶に残っている。

 人間とは不思議なもので、話を理解する時に、語っている内容はたったの7%しか入ってこない、残りの93%は何かというと、見た目の印象や身振り手振りが大体60%くらいで、音声の要素が30%くらいらしい。詳しいことはノンバーバルコミュニケーションと検索すればいろいろ出てきます。

 内田樹がラジオで言っていたのだけど、人間の感情が昂ったり、何かを伝えようと必死になっている時、喋り声に「非整数次倍音」というのが出るらしい。

 「非整数次倍音」が出た声は、良い声とか、感動を呼び起こす声になるというのがわかっている。以下それを説明する。

 声って実は単一の音ではなくて、ある音が声帯で作られると、声帯で作られた音を基に、整数倍の周波数の音が鳴っている。

 この同時に鳴ってる音のことを「倍音」と言います。聞いたことあるかも。

 整数倍の周波数の連なった音をいわゆる「協和音程」という。普通喋る時僕らは濁りのない音を発している。

 濁りのない音というのは一見良いように思うのだけど、実際は違って、そういう音は強い印象を残さない場合がある。

 「非整数次倍音」というのは、倍音の中でも整数倍の周波数ではなく、不規則な周波数を持つ音であり、いわば濁りを生み出す音ということだ。

 つまり人間が感情が昂ぶると、不協和音を発声してしまう。この非整数次倍音が聞こえると、人間は感動したり、良い声だなあと思ったりする。

 何が言いたいのかというと、人間は声に感情を乗せることができるということだ。

 感情がある方向を向くと、声もまたそれに従っていろいろな変化を起こす。

 そこで、最初の言葉に戻るのだけど、語り口にパッションが宿っている人の書くものには、やはりパッションが宿っているのではないだろうか。

 それは、語り口の面白い人は書くものも面白いというのと同様に。

 語り口が面白い人は、話の内容が面白いだけでなく、その内容にパッションを感じて、何かを込めることのできる人だ。

 声の伝える情報伝達量は内容が伝える情報伝達量よりも23%ほど多く、つまり声がいい人の話は聞いてるだけで何か良いように思う仕組みが人間にある。

 そして、声がいい人、特徴的な人の声には非整数次倍音が確認でき、それは感情の昂り、つまりパッションによって生まれる。

 よって、話している内容に感情移入できる人は、人により多くの情報量を伝えることができる。

 情報量の多い話を人は面白いと思うので、つまり語り口の面白い人とは声と内容で感情を表現できる人のことであり、話す内容と感情がリンクしている人であると言える。

 編集者曰く、語り口の面白い人の書く文章は面白いらしい。

 愚直にそれを信じるなら、声と内容で感情を表現できる人は、文章でも感情を表現できる人だ、という風にも言える。

 そのとき大事なのは、内容ではなく、内容をどう語るか、つまり論理構造と文体だということなのだろう。

 ずいぶんと長いこと書いたけど、当たり前のことに行きついてしまった。

 話すことが面白い人は、書く文章の論理構造と文体も面白いのかもしれません。

 逆に、書く文章が面白い人は、話すことも面白いかもしれない。作家のラジオと著書を見比べたりして遊んでみると面白いと思う。

 僕はラジオが好きです。本を読むのも好きです。

 僕はじっくり話を聞いてくれたり、めちゃくちゃな論理や文体に付き合ってくれる人にとっては、面白い人だと思います。

 喋り方と文体をなんとか伝わりやすいものにしよう、と最近思ってます。

 漂識ゆきさんというひとは語り口も書くものも面白いです。ツイキャス一回しか聞いたことないけど面白かった。

 

 2020 6/2 フェレットのしつけ。