ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

煙は

 便所からタバコの煙が灰色に上がって、チェーン店の大衆酒場の光に照らされて、また街灯の光に照らされて霧のように空へ飛んでいくのを僕はじっと見ていた。

 もう店内では吸えない。

 タバコは彼のものじゃなく、僕のものでもない。僕はタバコを吸わない。もらいものだ。彼はタバコの箱を手に持つと、神妙な顔つきでフィルムを剥がし、上部をパカッと開けて1本だけ取り出し、それも普段神経を使わないことに神経を使っているような、特段男らしい彼がやけに繊細に1本取り出すので、不思議な気持ちにもなった。

 女に触れるように、いや彼の場合女に対してもそんな丁寧な扱いはしないだろう。では、誰に?僕の頭には老いた母親に触れるように、という比喩が浮かんだ。甘えるようにタバコを吸うのだ。タバコを吸う男は皆。なんとなく、不機嫌をぶつけるようにして吸う。タバコを吸った瞬間に感じる一瞬の緩んだ表情を悟られまいと、とっさに口を一文字に結んで、安心なんてしていないぞと見せるようにより神妙な顔つきになる。その時の顔が泣き出す前の子供のようで、僕はおかしくなる。

 口寂しいものがタバコを愛好するようになると聞いたことがある。タバコを吸うと、男は自分の男性性を思い出すようだ。タバコを吸うと、どこか懐かしくなるみたいだ。僕は人の懐かしさを奪ったり、懐かしいと思うきっかけを奪ったりするのは悪いことだと思うから、タバコの規制には反対だった。幼い日に遊んだ公園を取り壊されるような気持ちがするのでは無いだろうか、それどころか、タバコが母親のメタファーだとすれば、母親と触れ合う機会を減らされた子供、あるいは孤児のような気持ちさせられるのでは無いか。これは非喫煙者の勝手な妄想に過ぎない。彼らはそんな、比喩とか関係なく自分が求めるから吸っているだけなのだと、その道理はわかっているつもりだと、そんな意味を込めて、タバコを吸う彼の目を見る。彼の目は退屈そうに見せているけど、やっぱり安心しきっていて、だからタバコの煙はあんなに穏やかに空へ向かって飛んでいくのだ。