ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

ろじうらの完全な映像

 暗い街灯が照らす広場に、一人の少女が立っている。少女は黒い頭巾をかぶって、ポツンと立っている。少女の背は135cmくらいだ。街灯は道をポツポツと照らしているけど、街灯と街灯の間は暗い。だから、街灯があるところは明るいのに暗く見える。暗い街灯だ。

 少女はうつむいて、両手に持ったバスケットを見ている。木製のバスケットの中身は閉ざされていてよく見えない。

 雨が降っているように、解像度の悪い夜だった。少女はポツンと立っていた。その後ろ側に広がる塀の、コンクリートの壁の上に月。

 月は笑顔で、黒猫が塀の上で立ち止まって小さくあくびをした。うつむいた少女はバスケットを見ながら笑って、風が吹いた。スカートが揺れて、白いフリルが風になびいたとき、街灯がチカチカと点滅している。

 街灯が闇に変わる一瞬の間に、暗い路地の広場は完全な映像になるように見えた。サブリミナルに浮かぶ画面は、少女、塀、猫、あくび、月、笑顔、それら全てが浮かんでは消えていく、完全な写真が撮れるような場面。

 あれは昼間にこの塀に囲まれた路地裏で、今ふと懐かしい場所の匂いがした。それは人工的な匂いで、レンガなのか、コンクリートなのか、そういったものが、なにか鉱物の加工されたものが陽に焼かれたときにする匂いがした。

 少女は消えていた。目を話したすきに消えた。バスケットが落ちていた。とかそういう感じならドラマチックだと思ったけど、そんなことはなかった。

 猫だっていないしこれは雨が降っているように解像度の低い夜の完全な映像の成れの果てというか、成れの果てだと感じるのはこの肉体の方で、現実に生きている意識の方だ。映画のような交差点を探しているのは、人を喜ばせようとするからだ。人を喜ばせようとすると、この世界は一瞬地獄になる。

 深いところに潜っていく。自分のことを考えないようにするために。自分のことを考えない、と書いている自分は自分のことを考えている自分だ。またメタゲームが始まった。

 立方体を描くときの、真ん中に書いてあるYの字のような金属的な何かが見える。

 あれはロボットの頭かもしれないと思ったら、現実の肉体は喜ぶ。

 少女はいないが広場なのか路地裏なのかは残っている。子供が駆けていく姿が何回も巻き戻しされていく。ストップとゴー。繰り返し。

 同じ動作が繰り返す頭の中の映像は端っこが消えていてそれは虫食いの戦前の茶色くなった写真みたいで現実の肉体が喜んだ。

 サイレント映画みたいな白黒に波打つスクリーンの向こう側に使い古しの金属のアイロンが見えて、それはクリーニング屋に置いてあるやつだ。レトロ趣味だって言ったら、広く流通するこの思考が終わる。ぼくはまた戻って、