ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

攻略サイト的な人生論?

 ネット上にはいくつもいろんな記事があるけど、その多くはゲームの攻略サイトに似ていると思った。何かを教えてもらう、教科書みたいなサイトのことを言っている。

 ゲームの攻略情報を検索する人は、そのゲームの中で行き詰まりやうまくいかない部分があって、解決を求めて、Googleに「○○ 攻略」と打ち込む。

 もっと具体的に知りたい情報が定まっている人は例えば「マリオ 4-2 攻略」とか、「ドラクエ ボス 倒し方」みたいな検索をする。僕も昔よくそうやっていた。

今でもたまにそんな感じで検索する。「ウイイレ ダブルタッチ やり方」みたいな。

 そういう感じで検索すると、世の中にいる親切な人が作ったサイトが表示されて、自分は検索意図に合った情報を得ることができる。これは当たり前だけどゲームに限ったことじゃない。問題解決一般に言える調べ方だ。ネットを使った問題解決はすべてゲーム的なんじゃないかとすら思う。

 ゲーム的とはどういうことだろうか。たぶん複数の価値観の中から一つの価値観が、もしくは複数の目的の中から一つの目的が、圧倒的な指標として明確に目指されている状態のことだと思う。

 ドラクエだったらゲーム的な目標は一つと定められている。魔王を倒して世界を救うことだ。だから、攻略サイトは作りやすい。目的を達成するためのノウハウを書けばいいから。魔王の倒し方とか、強い武器の手に入れ方とか。

 レアアイテムを集める、とかミニゲームでいいスコアをとる、とか良いゲームは横道にそれる価値観も提示している場合が多いけど、それも複数の価値観の中から一つの価値観を、複数の目的の中から一つの目的が達成されることにより快感を得るという仕組みだ。

 これは一般社会とよく似ている気がする。みんな人生の攻略情報を求めて検索しているんじゃないかと思った。

 ノウハウ系の記事とか動画のどこがエンタメ系の記事や動画と違うのかと考えている。

 ノウハウ系の記事とは攻略サイトと一緒で、とあるゲームの勝ち方とか、勝ちにつながる具体的な方法論とかを書いているのだと思った。

 例えば「ブログ PV数 伸ばし方」と検索すれば、PV数を伸ばすという目的につながる具体的な方法論が書いてある。それは、レアアイテムを得るためにあの洞窟に行ってこのモンスターを何回倒そう、と書いてあるのと本質的には変わりがないような気がする。

 これは検索キーワードという疑問に対する答えだ。「お金 増やし方」でも「高い音 出し方」とか、いろんな検索キーワードの回答集だ。グーグルとは巨大なQ&Aの空間なのではないかと思う。問題集というか。そんな感じ。

 テストの点数を取るのだって非常にゲーム的だ。問題の範囲と解き方が分かっていて、時間をかけさえすれば確実に点が取れる。この場合問題の範囲が検索キーワードで、解き方を教えてくれる問題集が攻略サイトだ。攻略サイトで扱うのは情報だ。自分がアクセスしたのが正しい情報なら点が取れる。

 つまり、需要多い記事とは基本的にノウハウ系の記事になる。聞かれたことにこたえていて、人に貢献しているから。需要と供給ってやつだ。社会の原則。

 ゲーム的なのが悪いと言いたい記事じゃない。というかゲーム的なのは非常に良い。だってわかりやすいから。数字で測れるものはゲームの範囲に近いものがあるから、時間をかければ攻略だっていつかはできる。

 しかし人間は、ゲーム的な一元化された価値観の外側で揺れ動く感情を持っている。ゲーム的に満たされるだけでは満たされない。ゲームをゲームとして楽しむこの楽しんでいる自分が本質であるはず。それは交換の原則で動く社会の中から半身外れたところに祝祭があるように。

 数字じゃない幸せとか、お金で買えない価値があるとか。あのキャッチコピーすごいなって思う。

 何が言いたいかわからないけど、ゲームをゲームとして客観視できるようになれば自分が少し楽になるような気がしてこれを書いている。とりあえず一つの目標に向かうとき、それが数値化できるものだったらはゲーム的なアプローチが効果的だと思うから、試してみてほしい。自分でも試してみようと思う。