ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

希望の音楽、フリーミアムと死に絶えるひと。

 明日世界が終わるとしても、音楽家は自分のことしか考えない。どこかの国のことわざだ。おそらく正しい。それはとても良い意味だ。

 音楽家は基本的に、自分がテンションの上がることをやって他人が喜ぶのが好きな人たちだ。生き方の前提条件に自分の存在がある。自分の喜びが他人の喜びになる、情動感染を引き起こしたいと昨日書いたけど、そんな理想的な世界を志向してる人が多いと僕は勝手に思ってる。

 逆に、他人の喜びが自分の喜びになる場合も歓迎していて、他の人の演奏を聴くのも好きな人が多いだろう。勉強とか研究とか言ってる人もいるけど、根本は楽しいから聴いているはず。だから熱狂もするしテンションも上がる。そう。ライブはテンションが上がる。

  ドレスコーズが11時間以上にわたるライブ映像をyoutubeにアップした。生活どころではない。

 ライブはテンションが上がる。その場にいられないのにもかかわらず、ライブ映像でもテンションが上がる。ジャズのライブ盤とかはお客さんの話し声やグラスにぶつかる氷の音が入ったままの音源も多くあって、海賊版かと思うくらい音質が悪いものもあるけどそれでいいというか、それがいい。テンションが上がるのが一番だ。

 とはいえ、プロが無料公開を始めるとアマチュアは死ぬのでは?と思った。というか、音楽家の潮目が変わった。無料にして知名度を稼ぎ、成り上がるという手法はもはや使えない。

 フリーミアムというのが言われ出したのが僕が小学生の頃だろうか。『ブラックジャックによろしく』がいろんなメディアで全編無料公開されて大きな反響を読んだのを覚えている。ただ、それ以外に目立った事はあまりなく、SNSなどの発展とともに、アマチュアは無料で提供して注目が集まったら商業化するという流れが様々なジャンルで出来上がったが、プロが無料でオフィシャルにコンテンツを解放する事はほとんどなかった。

 しかしこのコロナ禍の中で、仕事がほとんどできなくなってしまった舞台関係のプロたちが次々に自分たちのコンテンツを、主に動画で開放して、大きな反響を呼んでいる。琵琶湖オペラが中止になった『ローエングリン』を無料公開したのも記憶に新しい。

 新たなファンの獲得もできているみたいだ。しかしそうなると、ネット界隈で戦う無名のクリエイターたちは競争相手にプロが加わってしまい、困ったことになる。

 基本的にプロはすごい。お金と人間が結集しているためクオリティの面でアマチュアは確実に勝つことができない。

 そして世界には様々な人たちがいて自分がやっていることも大体は先人がいる。どれだけアヴァンギャルド実験音楽と言ってみても、現代音楽とかはなぜか似通ってくる気がする。それはたぶん無知故の誤解なんだけど。人間の発想はだいたい同じだ。

 そうなると企業の後ろ盾がある人間だけが成功し、今ある権力構造はさらに強化され、在野のアーティストが死ぬだけなのかというと、きっとそんなこともない。おそらく淘汰は始まる。ここ二年くらいで音楽家の数は減る。ライブができなくなり、ネット上にも色々なメジャーのアーティスト、インディーズの超人気バンドが参入してきて入り込む余地がなくなってしまうだろう。

 どうしても暗い話になってしまうけど、それは悪いことじゃないと思う。少なくともドレスコーズの映像が公開されて僕は喜んでいる。生活はができないくらいには喜んでる。

商業的に大規模運営のライブで戦うのはもう不可能だ。演出とか神がかってるし天才のステージは唯一無二だから。なので小規模な世界観で夢のようなライブを目指すしかない。お客さんはただ歌を聴きにくるのではなく何か自分の豊かさや幸福に繋がるからわざわざ聴きにくる。それはライブでもyoutubeでも一緒だ。音楽が聴きたいだけならapple music に引きこもっていればいい。でもそうしない。そこには欲望があるのかな?

 演奏家もきっと音楽を演奏したいだけではない。その演奏を通して楽しさだったり承認だったりを得られると思っているからやる。根本原理のところを満たせれば良いということだ。それは大規模じゃなくてもできるし、大規模ではできないことも必ずある。会いに行けるアイドルとか、そういうことではなく。距離が近いとかそういうだけではなく。マメなコミュニケーションは規模に関係なく大事だけど。

 何が言いたいかわからなくなってしまったが、ようするに苦しい時期で、これからさらに苦しくなるけど、そこに希望があるということが言いたかった。

 ハーバード大学の意思決定センターというところの研究者によると、最も基本的な感情は12個に分けることができるらしい。

 希望はその中の一つだ。

 希望は感情だ。そして、希望は絶望の後にしか現れない、という性質を持っているらしい。

 気休めにしかならないが、どうにか生きていく術はあるはず。まだ死なないぞ。上機嫌で生きる。