ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

丁寧な暮らしの遥か彼方に。

 人を愛するということは、その人の本心や才能を解放すること、なのだという。

 モテる人が言っていた。

 モテる人とは、相手のことを考える人のことらしい。自分ではなく相手が気持ちいいように会話をする人のこと。

 人間はどうやら話すことが面白い人よりも、自分のことを面白いと思わせてくれる人のことを面白いと認識する傾向があるらしく、面白くボケている人よりも、女の子の話がウケるようにノリを作れる人の方がモテるらしい。

 いや、それめちゃくちゃ難しくないですか...?

 途方に暮れてしまった。モテたい。この一心で色々なテキストサイトを読みふける日曜日だったけど、自分の話をするのも難しい人間が、相手の話を引き出すなんてできるわけないじゃないか。。。

 モテるというのは非常に努力が必要みたいだ。努力は惜しまない。

 モテる人とは、自分のことを面白いと思わせるようなリアクションやノリを作る人のことだった。

 では、モテる文章とはどんな文章だろうか。

 自分が面白いと思わせるようなリアクションやノリを誘発する文章ということなのか?

 それはツッコミどころがある文章とか、そういうことなのだろうか。

 モテの道は遠い。

 今朝、目玉焼きを作ろうとしたら無意識で卵をかき混ぜてしまい、スクランブルエッグの固いやつみたいな謎の料理ができてしまった。

 出来てしまったからには仕方がないから食べた。美味しかった。焼いた卵は確実に美味しい。世界には安心できる事実がたくさんある。

  かき混ぜるのが好きで、炒め物とか、納豆とか、石焼きビビンバとかそういうものをかき混ぜると嬉しくなってしまう性癖がある。だから卵もかき混ぜてしまったのだろう。いや、かき混ぜたということは何か容器に向かって卵を割ったということじゃないか。フライパンの上でかき混ぜることはできないから。それも、無意識で?

 無意識にしたって無理のある話じゃないか。

 話は大きく変わるけど、税務署から税金の学生控除の届けが来ていることを忘れていて、今日いろいろ記入してようやく投函する準備ができた。

 しかしなぜ忘れていたのかわからない。ハガキが来た時、机の上にかける状態でおいたのだから忘れるはずがない。

 なのに何故だかそのハガキはカバンの一番下の方からクシャッとなって出てきた。

 クシャッとなっているのが切なかった。

 机の上にはオペラのチケット購入のハガキが乗っていた。綺麗に書き終わっている。おかしい。

 おそらくいつかの夜、無意識のうちに書き終えたオペラのハガキと税務署のハガキを入れ替えてカバンに入れてたんだと思う。

 しかも両方とも忘れてどっちも投函してなかった。書いたり書かなかったり、かき混ぜたりかき混ぜなかったり、世界は複雑だ、無意識が世界の複雑さに対応できていない。

 なんの話だったっけ、モテたいって話だったはずだ。どうしてこうなったのだろうか。人を愛すること、自分を愛すること。どっちも非常に遠いと思いつつ、それでも読んだ人が元気のなるようなものを書きたい気分だったりする。