ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

『いいね!』

 書いてるものとやってる音楽は繋がっていると思った。星野源のエッセイを読んでいる。めちゃくちゃポップだ。そして悲しい。そう、ちょっとだけ悲しいのだ。

 サニーデイ・サービスの新譜を聞いている。新譜という言い方に、自分でどこか引っかかりながら使っている。楽譜じゃないし楽譜にもならないであろうものに譜という文字を使うのが何か間違ってるような、ファンタジーというかアナロジーというか、比喩的なものを感じる。しかもチープでレトロな比喩。僕はカタカナが好きだ。

 かつてCDを売っていた、今ではほとんどネット配信業者になった会社でも、やっぱりレコード会社なのだ。でも、今リバイバルでレコードを扱ってるディスクユニオンとかはやっぱりCDショップであって、扱うディスクの種類がどれだけ変わっても最初に扱っていたモノの名前を名乗ってしまう、消費者の側でもCD屋さんというイメージを持ち続けてる。モノにはそれだけパワーがあるのだろうか?やっぱり現実にある、手に触れることができることは特別だ。

 サニーデイサービスの新譜「いいね!」は素晴らしい。まだ三曲目くらいだけどこの三曲だけで素晴らしいのがわかるからもう六曲もきっと素晴らしい。

 年々良くなってる気がする。曽我部恵一の全てが上手くなっていってる。僕は曽我部恵一が大好きだったけど、絶対憧れないと思っていた。愛憎というやつだ。嫉妬深いから、若さのパッケージに成功したような、技術じゃなくて音で勝負するようなアルバムたちを聴いて悔しくなったんだと思う。でも離れることはできなかった。

 最近は老成してきた曽我部恵一に、もう敵いません、という気持ち。上から目線で語れることでもないか。僕はなんか上から喋ってしまう。

 CDに向かって白旗をあげてる。ほんとはスマホの画面上に表示されたアートワークであってそれは非実在CDなのだけど。

 非実在青少年、という言葉に昔1人でウケていた。2012年くらいだったかな。非実在な存在に対して配慮したり、現実との境界をえらい大人たちが真剣に考えてるっていうのが面白くて。

 ここは誰にとっても理想的じゃない。そんなことばをサラッと言ってみたいものだ。「エントロピー・ラブ」という曲の歌詞。ラブって真剣に使ってる感じ、岡村靖幸みたいだなって思う。人を人で形容するのはどっちに対しても失礼だけど。とにかく、星野源のエッセイは面白いし、サニーデイサービスの新譜は素晴らしい。実在するものも非実在のものも面白い。世界はまだ明るい。まだ死なないぞ。