ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

根を張れた

こんばんは、ツイッターに根を張って生まれた人格、フェレットのしつけです。ツイッターがなければ生まれなかったし、この後どうなるのかもわからないけど、なんとなく、張った根が腐りかけているのを感じてる。

 非実在美少女としてネット上で生きていきたい僕だけど、実は現実にも体があって、一般ピープルだからネット上のいろいろに疲れている。SNS疲れってやつだ。自分の平凡さに呆れるけれど、しょうがないなと思う。

 ホモ・サピエンスは150人までの人間を仲間だとかんじられるらしい。逆に言えばそれ以上の人間のことなんて基本的にどうでも良くなるんだって、サル学の本で読んだ。

 アメリカ人のコミュニケーション講師の本を読むと、人間は基本的に自分以外に興味ないって断言している。僕はそれを信じている。これは性善説とかそういう話じゃなくて、優しくできる範囲があるとか、自分のことしか考えてないとかそんなことで人間の善悪や価値は決まらない。みんな優しくてみんな自己中だ。

 ツイッターは狂気の増幅装置だと、CEOが言っていた。僕の好きなバンドに地獄の釜を焚く神の火で〜って歌詞があって、それは原発を揶揄していると思っていたんだけど、いまの僕にはソーシャルメディアの歌に聞こえる。

 ツイッターがどんな装置であるのか、それはわからない。あまりにも巨大だ。こんなにツイッターのことを考えていて、僕はもう大変な依存症だ。一つだけ言えるのは、ツイッターは感情の増幅装置で、人間は悪感情を抱きやすいらしいってことだ。

 楽しみや、喜びや、慈しみや、愛が、好きだ。楽しみや喜びや慈しみや愛を人に与えたいし、人から与えられたい。僕は最近、怒りたくもないのに、見たくもないのに例えば和牛のクーポン券配るとかそういう話をついつい見てしまう。見たくもないわけじゃないんだけど。本当はきっと僕は怒りたい。バカにしたい。そういう気持ちを抱えている。寂しい、不安、無価値感を抱えている。そしてそれは自分の中で培養されてどんどん増えていく。感情はウイルスよりも恐ろしい。自分の中の感情でさえ扱いきれないのに他人の感情に触れる機会が多いから、たぶん、疲れてしまった。

 愛を振りまきたい。東京では桜が咲いて、川沿いの桜並木はもう直ぐで満開を迎える。綺麗なものだけ見ていたいぼくは、トランプと一緒の思想なんだろうか?