ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

自戒

 自戒をします。自分の出来なさを他人の責任にしてはいけない。コウモリのような自分がとても嫌いです。コウモリには鳥には鳥の仲間のように振る舞い、哺乳類には哺乳類の仲間のように振る舞うという生態があるらしいです。このことを聞いたのは中学生くらいでしょうか。一回だけ、なにかの漫画で読んだのを覚えています。たった一回の出会いでしかなかったのですが、今でもやけに覚えています。それはたぶん、自分と似ていたからでしょう。

 二つの対立する人間がいた時に、どちらにもいい顔をしてしまうくせがあります。八方美人と言うのも生ぬるい、裏切りの連続とでも言うような所業です。このくせは昔からでした。親のどっちにも愛されたかったんだと思います。ほら、また他人のせいにした。

 こんな風に、誰にとっても聞こえのいい事を言うので僕はみんなに好かれます。常に責任を回避しているのも、周りにはバレていないように思います。もしかしたらみんなもう全てわかっていてその上で優しく接してくれてるのかもしれないけれど。どっちにしろ、僕はみんなの仲間でありながらみんなを裏切る存在ですから、根本的にこのくせがある限りは孤独なわけです。でも、僕は友人や先生にとてつもなく恵まれているので孤独を感じる必要もなく生きています。のうのうと、生きています。この文章も、責任を自分で引き受けずくせのワンクッションを置いていますね。みんな、先生、ごめんなさい。

 死にたいわけではないです。ただ、この、コウモリムーブをしている自分を省みると恥ずかしくて、無様で、どうしようもなくなります。その時はいいのです。自分の対面が保てているから。後になって考えると巧妙に、時にはけっこう露骨に保身に走る自分がいることに気づきます。その時がとても苦しい。苦しい。

 相手がたとえ尊敬している人だろうと、貶めてしまう、自分の不徳を嘆いています。まさに今。

 この世界と一対一で向き合わなければいけないと思った時に、他人の責任にしていてはたぶん、無理です。その場その場で自己イメージを保つことはできますが、それぞれの場での自分の発言を省みるとあまりにも反対のことを言っていてその混乱にはもう耐えられなさそうです。なので、自分のためにも、そして周りにいてくれる素敵な方々、こうしてネット上で関わってくださる方々に義理立てするためにも、責任を自分で引き受けようと思ったわけです。自戒をします。責任を人に負わせてはいけない。自分の出来ないことは、自分のせいなのです。そしてわかっていないことはわかっていないことでしょうがないのです。小学生への説教みたいな文章になってしまいました。僕はこういうの、ほんとは嫌いです。たのしくないので。でも自分の不徳は改めたい。ブログという場があって良かったです。こうして考えをまとめられて本当に良かったです。