ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

こえだけきこえる

 <最初に見えた>

 深い、緑の洞穴の中からはいろんなものが見えた。ベッドや、ガチャガチャした色のおもちゃ、透明なアクリル板、水色のビー玉、溶けかけた氷の球体、抽象画。どれにも全て、劣等感という名前が付いている。

 

<関係妄想>

 病室の中からは何十人もの声が重なって聞こえる。声だけ聞こえる。内容はわからない。激しい会話が続いている。楽しそうな声色は好きだった。盛り上がっている会話は、きっと僕と関係がないからだ。暗い会話は怖かった。声のトーンの低い会話は怖かった。きっと全て意識の問題だ。僕を中傷する人間なんていない。嘲りの声は一番嫌いだった。世界がぴしゃりと音を立てて、閉まっていく想像をした。僕は一人で、誰より幸福だった。

 

<猫の昼、元人間>

 猫になってしまったと先生に相談したら、「よくあることです」と返された。それからレントゲンを撮られて、解熱剤と、抗生物質マタタビを処方されて帰ってきた。僕の声はニャーニャーうるさいから、病状を説明する時みんなが耳をふさいで、診察が少しだけ長引いてしまったビニール袋の中で抑えきれないマタタビの匂いが僕を少しずつ狂わせていく。

 


 曲がり角、眠れ良いこよ、フラスコの、向こうで街が、曇りゆくおと。

これは全く意味のない文章です。

 

<謝辞>

 昨日はたくさんの方にこのブログに来ていただいて非常に嬉しいです。それだけみんな学校に対して不満や、悲しさや、言い知れない気持ちを持っているのだと思いました。

 マーケティング的ば、そしてインフルエンサー的な思考で言えば、学校というテーマがウケたなら、しばらく学校のことを書くべきだ、となるのかもしれないのですが、そして書こうと思ったのですが、何も出てこないのが悲しさです。

 

<サイダー>

 水色の泡の向こうに君がいるのは本当だった。サイダーは青春や恋を媒介にして増えていくから、サイダー工場は高校のすぐそばにしか作られないのだ。僕はサイダー作りに何も貢献していなかったけど、サイダーを飲むのが好きだった。透明な泡が弾けるたびに、渡せなかったラブレターや、体育祭の日の校舎裏や、勉強机の端っこに刻まれた秘密のメッセージが、頭に浮かぶから。

 

<シンガーソングライター>

 真夏の午後の駅前、複雑な顔した男が一人でギターを弾いていた。男は警察に捕まるのを待っている。男は生活に捕まっていた。自分の中から言葉やメロディが溢れ出てくるのを信じていた。だから複雑な顔でじーっと待っていた。秋が来てもじーっと、冬が来てもじーっと佇みながら男の顔は複雑さを増していった。春が来て、彼のギターがすっかり桜の花びらに覆われた頃、彼は「あっ」と声を発した。彼の頬には涙が流れた。その次の夏が来る頃、その涙は新しい川として、役所に名前をつけられることになった。男はじーっとして、黙っていた。何かが溢れるのをただ、待っていた。

 

<うた>

 病室の中にはほとんど光がない。グレーのカーテンで閉ざされた真四角の空間と、三つの空っぽのベッドがこの部屋の全てで、全体的な印象は深い落とし穴のようだ。つまり静かで、まっくらだった。

 僕は白い少女を探していた。昨日、白い少女は僕の夢に現れた。彼女はか細い、透き通る声で歌を歌った。僕の夢の森の中で、透明な声が浮かんだ。それはほのかに暖かく、触るとゼリーのように滑らかで弾力を持っていて、何より太陽の光を反射させてプリズムのように光って、綺麗だった。僕はその歌があまりに綺麗だったから、端っこの部分を切り取ってこっそりポケットに隠してしまったのだ。そうすると歌は突然真っ黒に焦げていった。僕は目を覚ました。今朝の話だ、

 ポケットの中に入れた歌は、少しくすんでしまったけれどまだ暖かかったし、光に当てると輝いた。僕は何かとても悪いことをしたような気がして、彼女に歌を返しにきたのだ。白い少女の居場所は、歌だけが知っている。僕は、少し悩んで、歌をもう一度太陽に透かしたあと、放り投げた。歌は空中を七色に染めながら山の上の、寂しい病院へ飛んで行った。今朝の話だ。