ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

幼想旅行

Ⅰ.(トンネル)

 オレンジ色のメーターがCからBに瞬間的に変わる。山沿いの、狭いトンネルの中に入った。黄色いランプがビュンビュンと後ろに飛んでいく。僕は車の後部座席の窓から、コンクリート造りのトンネルを見ていた。辺りは暗かった。トンネルの中だったし、夜だから。

 

Ⅱ.走り続ける

 車は山あいの道をずっと走っていた。山の外側を一周するように敷き詰められたコンクリートをずーっと進んでいる。トンネルは終わった。窓の外のすぐそこに崖があった。崖の下は広い、真っ暗な森だった。

 

Ⅲ.幼想

 森の中には神聖な獣がいる。僕はそう信じていたから、じっと目を凝らして木々の間を見つめていた。木々の間は深緑の空気が広がっていて、何か緊張感を発している。木々たちは案外反発しあっているのかもしれない。木々の奥には木々があり、その奥には木々がある。階層構造。テクスチュア。僕は音楽を愛していたし、森は音楽的だったから、たとえ神聖な生物を見つけられなくても見ているだけでよかったのだ。

 

Ⅳ.森林を

 森の奥にはひっそりと苔むした広場があって、そこには池がある。神聖な生物はそこに水を飲みにくるのだ。僕は広場を探した。神聖な生物の、その四つの足が木々を騒がせないように静かに動いているのを想像した。風が吹いているようだった。車は高速で動いているから、木々は揺れて見えた。

 

Ⅴ.幸いなことに

 神聖な生物は四足歩行で頭に大きなツノがある、鹿のような生物だ。大きさはわからないけれど、水が好きでよく水を飲んでいる。晴れた夜には月明かりの中器用に水浴びをする。前足を水に浸して、頭、それから上半身、そして後ろ足、その後ろ足で下半身を洗う。水に濡れた体はぬらぬらと光る。水に濡れたツノは月明かりを反射して金色に輝いている。僕はそれを遠くから見つけたかった。幸いなことに、今日は晴れていたし月は空に高い。

 

Ⅵ.水

 木々がすごい速さで後ろに飛んでいく。一定のブロックを超えたら、次のブロックへ視点が移る。その度に目線の先の景色は少しずつ変わるが、どこにも水場はなかった。水場がなければ、神聖な生物は見つけられないだろう。晴れた、月の輝く夜の水場にしか現れないのだから。

 

Ⅶ.再来

 突然視界はコンクリートに遮られた。一瞬の間の後にどおオンと音がして、オレンジのライトが僕を照らしていた。僕を照らしては、後ろにビュンビュン飛んで行った。すごい速さで。

 

Ⅷ.伝説

 すごい速さで夏は過ぎたとカーステレオが歌っている。僕はトンネルの明かりを見るのも好きだった。でもきっと、神聖な生物はこの景色が好きではないのだろうと思う。きっとコンクリートを触ることができないのだ。伝説の中にコンクリートは出てこない。だから彼は、或いは彼女は、もしくはそれは森の奥に身を隠してしまった。

 

Ⅸ.車内の様子は

 僕は目を伏せて、車の中を見た。布のシートの上にカクレクマノミによく似た色の子供用の補助席が置かれていて、僕はその上にいた。僕の体をベルトが締め付けていた。車のライトは斜め上から僕を照らしていた。月とはちっとも似ていなかった。僕の目の前には助手席の大きな背もたれがあって、少しだけ傾いていた。そこには僕の知らない女が座っていて、運転席の父親と話をしている。けれどトンネルの音に阻まれて何も聞こえなかった。

 

Ⅹ.結果

 知らない女の中には新たな命が宿っている。車は山の上へ向かって走り続けている。トンネルを抜けると深い木々はさっきより一段下に広がっていた。僕はまた一つ高いところに来た。神聖な生物は見当たらなかった。きっといつまでも見つからないだろうということも、同時に僕は知っていたのだ。月は金色だった。夜の青と月の金はとても相性がいい。だから僕はいつもクレヨンで青と黄色の絵をえがく。

 

Ⅺ.家族

 知らない女は落ち着いていた。僕はもう泣くような歳じゃなかった。夜は少し怖かったけれど、もし崖から落ちても神聖な生物が助けてくれるのだから何も心配はいらない。大人たちはきっと森に食べられてしまう。そのことだって怖くなかった。

 

Ⅻ.お願い

 カクレクマノミのシートは居心地が悪いから嫌いだ。父親が選んだアメリカの車はエンジンの音がうるさい。だから声はちっとも届かなくて、知らない女は少し怒っている。怒ればいい。何もできないのだ。夜は、月と、神聖な生物にためにある。僕はじっと目を凝らした。木々の頭のてっぺんがお前に用はないよ、と言うように僕の目線を跳ね返した。