ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

8月の鳥

 踏み切りを渡った。暑い8月だった。遥かに開ける視界の先では海が陽炎に揺れていた。空は青。海との境目がわからないくらいの晴れ。大きな坂が目の前に広がっていて、道路の横には等間隔に建物が並んでいる。砂浜は見えない。晴れだ、青だ。夏だ。夏は嫌いだった。うだるような暑さに蝉の大声が苦手で、小さな頃は逃げ出そうと走り回っていた。道路を抜け、海の方向へ、夏から逃げ出そうと。滑稽な話だ。幼少の自分を受け入れるのは難しい。

 鳥を探していた。鮮やかな青の羽を持つ鳥。ハチドリの一種で、スポーティーな体と狩りの才能豊かな鳥。ペットショップを探してみましょうと女が言っていた。ペットショップになんかいるわけないのに。夢で見た鳥だ。ハチドリはそのスポーティーなくちばしでビーチのパラソルに穴を開けた。穴を開けて回った。それはもう鮮やかな手口だ。パラソルは陽の光を遮る。人の関心も、少しだけ遮る。内と外、壁、個室。それらの要素はみんなリゾートにぴったりだから、観光客はパラソルが好きだ。

 砂浜はジャリジャリとしていて太陽の熱を貪欲に蓄える。夏は嫌いだった。夏に集まる人間が嫌いだった。砂浜は熱と青色とハチドリだけあればよかったのに。夕方になれば人も減るだろうか。海の家を営んでる友達は砂浜に鉄筋を持ち込んでステージを作った。音楽が奏でられるらしい。土地の最大活用だと、みんなは言う。経済が回る。地球が回る。俺だけハチドリを探している。俺は立ち止まっている。俺が立ち止まっている間に夏は終わるだろうか。そうしたら観光客と一緒にパラソルが消えて、

ハチドリもまた消えてしまうのだろうか。

 俺だって本当は知ってる。ハチドリなんていないんだ。昔映画で見たようなガラス瓶に入った手紙もないし、運命的な出会いも、洞窟もない。ファンタジーだ。ハチドリはファンタジーだ。海に生息する生き物ではないから。ではどこから。どこから俺は這い出ればいい?夢は続かないのだとしたら、観光客のように夜まで音楽の中騒げばいいのだろうか。日が赤い。海と空の間に赤い線が差し込む。青いハチドリはどこにもいない。いや、こんなさなかに存在するのだ。海と空の隙間に、昼と夜の隙間に、そして夢と現実の隙間に。彼らは現れ、尻尾を光らせて飛び立つ。俺たちにはもう追いつけない。水に濡れてぬらぬらした青色の羽。リゾートの夢。観光客が回す経済。その中心である砂浜に俺はいる。台風の目のように穏やかだ。俺は中間に存在することができない。物質は暴力的だから。だから、光が沈むその瞬間までじっと隙間を見ていた。ハチドリは見つけられそうになかった。