ゲージュツ的しつけ

フェレットのしつけが書いたゲージツ的なしつけ術の数々。メール→fererere25@gmail.com

クリスタルの恋人たち

 半円状に曲がった細い鉄の先に、複雑な形の鍵がついている。何の錠前なのかはわからない。三日月のような柄の部分で切り取られた向こう側の空間が、合わせ鏡のように、あるいは次元トンネルのように、ジャミロクワイのアルバムのジャケットのように遠くに伸びている。

 遠くには闇があった。ただの闇だった。しかし、その闇にじっと目を凝らすとどうやら赤やオレンジや緑の明かりが空間の中にまたたいているようだった。

 金星と、火星と、木星。僕は光を勝手にそう名付けた。鍵の中に広がる暗い空間は宇宙のように遠く、深海のように神秘だった。

 突然視界が青色に染まった。深い青の流れが視界の右上を占拠し、全体的には透き通った薄い水色の壁だった。ところどころに配置された濃さの違う青色がまだら模様を作って、透明な水色を滲ませていた。

 氷の壁のようだった。

 氷の壁の奥には一回り小さな氷の壁が透けて見える。その後ろにはさらに一回り小さな氷の壁が見える。

 氷の壁の外には闇があり、星があった。空のようだった。しかし空に浮かんでいるのだとしたら、星はもっと大きく見えるのではないかとも思った。それだけ星に近いのだから。

 星に近づいて良いことが起こることはない。ゼウスは気に入ったものを星にしてしまうし、アポロンの羽は溶けてしまった。よだかのように、自ら星になってしまう者もいるが、彼らは皆神さまに憧れたのだ。星や、空は神様の領域だから。

 僕はポケットの中にある鍵を取り出した。さっき目の前にあった鍵は、今はポケットの中にあった。如何してかはわからないけど、僕はそれを知っていた。だから、ポケットから鍵を取り出すことができた。

 鍵は変わらず、その半円の向こうに宇宙を映し出していた。

 歩くと、足元からは水たまりを歩く時のようなチャプチャプした音が聞こえてくる。地面は闇だった。ここは闇に囲まれている。だが、地面と、空気と、空と、奥行きとでは闇の性質が違うようだった。性質の違う闇が美術作品のように重なりあって、空間を形成している。

 僕は歩き続けた。氷の壁は目の前にあるのに遠くにあった。少し歩かないとたどり着けない。僕が足を下ろすと、ちゃぷんという音の後で闇に小さな波紋が広がった。

 僕が歩くと、波紋はいくつも生まれた。強く踏み出せばそれだけ大きな波紋になる。僕は水たまりを歩く小学生のように様々な大きさの波紋を作って遊んだ。

 波紋はぶつかったり、消えたり、大きく広がったりしながら不規則な模様を闇の中に描き出した。僕が歩くことによって空間がブレていく。

 鍵の向こうの宇宙で金星と火星と木星が盛んに活動していた。恋人たちの戯れのように豊かで旺盛なコミュニケーションが全ての空間で起こっている。